「命への執着」09.08.23上山神学生 
 ルカによる福音書22:54〜62

三度イエス様を否んだ時、34節の「今日、鶏が鳴くまでに、あなたは
三度私を知らないと言うだろう」という言葉がペトロに突き刺さります。
そしてペトロの信仰を打ち砕きます。弱さをペトロの前に突きつけます。
イエス様のまなざしは現実を突きつける、弱さに向き合わせる厳しい
ものでありました。しかしそれと同時に、もう一つ、イエス様の言葉を
思い出すのです。32節「しかし、わたしはあなたのために、信仰が
無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを
力づけてやりなさい。」と。弱いペトロを支えるやさしいまなざしでありました。
このようにイエス様のまなざしは、同時に二つの事柄を思い出させるもの
でありました。ペトロを挫折に導いたのはイエス様のまなざしであります
けれども、同時にペトロを励まし、挫折から立ち上がらせたのも、
イエス様のまなざしであり、イエス様の言葉でありました。
そして単にペトロを立ち上がらせるだけではなく、同じように弱さを
携えている兄弟たちを励まし、力づける存在として、立ち上がらせる
のであります。
ペトロは最後の最後で、自らの命に執着しました。この不安からくる
自らの命への執着は、ペトロを挫折へと導きました。ペトロは自らの
命へ執着する代わりに、一番大切な命を支える根拠であるイエス様を
捨てたのです。しかし捨てたはずの命の根拠(イエス様)は、ペトロを
捨てませんでした。捨てたことを攻めるどことか、既に立ち上がる
ように祈っている、と励まし、ペトロを生かします。命に執着するペトロに
「それでいい。そこから生きるのだ。弱いお前をしっかりと支えているから
そこから生きてみよ。」とイエス様のまなざしは言うのです。
高いところから落ちるほど重力というものは強くなります。下へと落ちる
重力が強ければ強いほど、受け止めるのは痛い。その高さゆえに、
落ちた時の衝撃もすさまじいものであります。しかし、一番底で受け止めて
くれる確かな真理(イエス様)を、激しく泣きながらも、その涙で前が見えない
状態でありながらもペトロは確かに見たのです。